【 vol.77】幸せに生きる極意


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人生の答えを求め続ける、北川八郎さんから幸せに生きる極意を教えていただきました

熊本・阿蘇の外輪山中で静かに陶器づくりと農業を営み、若い頃から人生の答えを求め続ける、北川八郎さんから幸せに生きる極意を教えていただきました。
感謝の少ない人は、他人の苦労や、悲しみが解らない。すべてお金で解決しようとして、逆に自分がお金で苦しむ。利に深く依存すると利に苦しむ。いつも人を善し悪しで評価する人は、自分が評価されるのが怖く他の人からの評判や、評価に苦しみ、世間の人への選択肢を狭くして、善意を失ってゆく。何気ない他人の目にさえ悩んでしまう。

感謝は辺謝で完成することを知らない。人から善意をもらったら必ず返すといい。貰いっぱなしでは人生の荷台に荷がかさばって、ブレーキが利かなくなってくる。どうしてそれ以上に何でも欲しがるのだろう。立派な家、快適な車、高い地位と人からの尊敬・・、もう人生の荷台は一杯なのに次々と苦の因となる快を欲しがる。

この世は、自分が投げたものが、必ず返ってくる。その人が弱った時に、今まで投げたものが全部返ってくる。いつも善意と好意を投げている人は、その人が地位を去った時に人々の賞賛と尊敬となって返ってくる。

利よりも信を選ぶ

人を信用しない人は、人からの信が得られない。自分にとって都合の良い利を選ぶくせから抜けられないからだ。「利よりも信を選ぶ」 大切さと勇気を子供達に教えたい。人の喜びこそ、我が魂の救い。人からの感謝こそ、今までの罪を軽くしてくれる。

利と快を追うなかれ

それは必ず人を傷つけ、自分自身を快と病気へと追い込む。人の世ばかり見て、利ばかりに目を向ける人は、空の青さに気がつかない。神や、大いなるこの世の不思議な力をも否定し、苦と不平と批判に生きる人は運の好転のチャンスがあることを知らない。心の目が覚めないと、魂を救うチャンスは少ない。利と快を優先し、自分の都合と野心を正当化すると魂が病み、トラブルと病を引き付ける。日本の大きな会社が、利を追い信を失って、たちまち消えていったように・・・。

悪しき習慣と悪しき食生活 (舌の快感に酔う食事、味つけられた食事) と、自己中心の経済観念はその人の不安となり、顔の相の悪さと重なり、お腹に病を得て自分が苦しむことになる。大きな家も、快適な車も、苦しみ多い病の因となり、今世に未練を残しながら来世まで業を運んで、死で、総てを手離すことになるのに・・・
(致知より)