【 vol.18 】車椅子マラソン


春の足音、お聞きになられましたか。
いつもご愛顧いただきましてありがとうございます。

20080301今月は鈴木良美さんにいただいた感動をお伝えします。

良美さんが中学二年のクリスマスの日、父と弟の三人でスキーに行く途中、車から降りて歩いていた時、対向車線から突然乗用車が突っ込んできて、気がつくと両足が引きちぎられていました。

緊急手術は無事終わったが、二度目の手術で傷口から菌が侵入、高熱が何日も続きました。三度目の手術の後は皮膚移植に伴う強烈な痛みとの闘い。切断した部分のガーゼ交換も、皮膚を剥がされるほどの痛み。

ようやく痛みが治まってくると、障害者になったことで人の目が気になり、足を隠そうといつも膝掛で覆っていた。その後、徐々にショックから立ち直り、後ろ向きな過去の自分と決別し、新たな人生をスタートする新鮮な毎日になった。

リハビリを始めて間もない頃、病院の先生から杉浦さんという男性を紹介された。杉浦さんはトラクターの事故で両足をなくした後、車椅子マラソンをしている人だが、普通の人以上に明るく、バイタリティに溢れ、ハンディや暗さはいささかも感じさせない。

もしかしたら、人生を明るく生きるかどうかは、その人の気持が決めるのかも。そう思った矢先、杉浦さんから、車椅子マラソン大会へ招待された。そこで見たものは、雨の中 激しい競り合いを繰り返す選手たち、走り終わった後の笑顔、歓声、惜しみない拍手………………。そのどれもが衝撃的で、理屈抜きに「かっこいい!」と感動した。

良美さんが中学三年生の時、車椅子マラソンの練習を始めた。三年前の「大分国際車椅子マラソン大会」では、自己最高の二時間十分を記録し、女子の部で四位入賞。

車椅子マラソンとの出合いによって、忘れていた夢や目標を持つ大切さを感じた良美さんは、いつしか自分の将来を、小学生の頃からの教師になりたいという夢と、障害者の人の道を開くためにも、障害児教育という一点に絞っていった。

愛知教育大学を卒業後、良美さんは念願の小学校教諭に。始業式の日 子供たちに「先生は車椅子だけでなく義足も使います。これが先生の足です。膝立ち、膝歩きもできます」。昼間は子供たちと思いっきり触れ合い、放課後はソフトボール部の指導、翌日の授業の準備。学校を出るのは 毎晩九時十時。

「私は両足を失った事故をきっかけに、夢を持って生きることの大切さを知りました。もし健常者だったら 一生このことに気付くことなく悶々としていたと思います。」

だから子供たちにも「夢や目標を持つと心の中が輝いている。皆も輝きを放つ人になってほしいな」と語ります。

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両足を失ったからこそ見えた世界で、人として教師として、キラキラ輝きながら成長し続ける良美さんです。健常者には計り知れない悟りを開かれました。

あなた様の夢や目標は何でしょう。生き生き創健館のお客様には毎日を輝いてお過ごしいただきたいと思います。お読み下さいましてありがとうございました。来月またお目にかからせていただきます。

(参考文献…致知)

中谷