【 vol.20 】老いは外 —!


新緑、薫風。五月から感じるのは 「さわやか」 ですね。
いつもご愛顧いただきましてありがとうございます。

20080501_1先日、出身校から同期会の案内状が届きました。同期生が集った時、私を見た友は私を誰だか分かるかしら?お互いに、紅顔の美少年、美少女の成れの果て。戸惑ったり 戸惑われたり。

同じ年ながら、年の取り方の違いをイヤというほど感じるのも同期会ですね。その差は “老いを受け入れている方” と “老いを受け入れてない方” の差とも言えるのではないでしょうか。

人は、年を重ねるから 「老いる」 のではなく、年寄りとして扱われたり、自らが 「老い」 を受け入れた時に、「老い」 が始まる。

幼児に向かって話すかの如く、一段と高い声や独得の言葉使いで話しかけられた時は、年寄り扱いされている。又、孫が生まれた途端、自分のことを 「おばあちゃんだよ!!」 と無意識に言ったり、孫から 「ばあば」 と呼ばれることに抵抗を、感じなくなると、自ら年齢にふさわしい行動をとるようになり、いつの間にか 「老い」 が身につきます。

服を選ぶ時も、「これは派手過ぎるから年相応のものを」 と、自らが 「老い」 を受け入れている。周りからの年寄り扱いが続き、自分も年寄りとしての状況を受け入れていく中で、「私はもう年なんだ」 となってくる。

しみ、しわ、白髪、神経痛などの現実が 「老いの心」 に拍車を掛け、「油ショック」 ならぬ 「老いるショック」 になってくるのです。そしてすっかり年寄りの心境になり、何をするにも 「ドッコイショ!」 が口ぐせになってくる。つまり 「心の老い」 が、「身体の老い」 になってきます。

生命あるものは皆、時を経る内に年をとります。しかし、年をとったからといって悪いことばかりではない。むしろ、年をとったからこそ 良かったと思えることはたくさあります。

若い内は、欲が多いせいでやっかいなことがたくさんありますが、年をとると欲が減り、欲が減ることで人生に与える影響が少なくなり 楽になる。若い時に持っていた余分なものが、少しずつ削ぎ落とされ身も心も軽くなる。

若い時には見えなかったものが見えるようになり、分からなかったことが分かるようになり真実が分かる。様々なしがらみから解き放たれ自由が多くなる。生きてさえいれば誰でもなれるのが年寄り。しかし年はとっても心まで「老いる」のは……………………………私は淋しい。

今日あることに感謝をし、人の役に立てることを喜び、未知のものに興味を持ち続け、明日に希望を持ち続け、毎日を生き生きと明るく生きたい。「老い」 の心など 入り込む隙などないように。

少々季節外れですが 「老いは外 —!」 とグリンピースでも撒きましょう。じめじめ梅雨や 夏が待ち受けています。五月晴れの下で “さわやか” をお楽しみ下さいませ。又お目にかかります。
中谷