【 vol.25 】日本とフィリピン、感謝の違い


芸術の、読書の、行楽の、実りの、食欲の、秋ですね。
いつもご愛顧いただきましてありがとうございます。

「内外から感謝の声が聞こえる会社を作りたい」これは、当社社長が目指す会社への想いです。お客様に喜んでいただき、社員にも喜んで仕事をしてもらう。生き生き創健館の有りたい姿です。

物質的にいかに恵まれていようと、もっともっとと、際限なく欲望を追う人には幸せを感じることはなく、物質的に恵まれずひどい貧乏であっても、満ち足りた心があれば幸せを感じられる。今あることに感謝し、努力を重ねていく生き方の中でこそ、幸せを感じられるのだと思います。

20081001_1昨年二月のお手紙に、フィリピンの首都マニラにある広大なゴミ捨て場、スモーキーマウンテン(煙の山)と呼ばれる、目も開けられないほどの煙と悪臭がただよう所で働く少女のお話を書かせていただきました。この十歳の少女の夢は、「大人になるまで生きること」。

五歳になるかならないかの子どもから沢山の子ども達が生きるために一心不乱にゴミの中から売れるものを拾い集める。朝五時から十時間働いて、一日五十円。この子ども達が十五歳まで生きる確率は三人に一人。親の生活苦のために、十二・三になったら売られる少女も。

この子たちは「子どもが親の面倒を見るのは当り前」と思っている。貧しくても家族の絆、親子の愛が深い。日本の子どもは「親が子どもの面倒を見るのが当り前」と思っている。電車の座席も親が立って子どもを座らせる。日本の子どもに感謝の心があるのでしょうか。

世界の四割の食糧を日本とアメリカで消費している。その上、食事の二割を残飯として捨てている日本人は今の豊かな食生活に、どの位感謝の心を持っているのか。膨れあがる欲望を満たそうとする限り、幸福感は得られない。欲望をほどほどに押さえ、足るを知り、いまあることに感謝ができれば幸せを感じる。

人にはもともと、人を助けたり、人のために尽くすことに喜びを覚えるという美しい心根があります。だから物質的に恵まれなくても幸せを感じることができる。「幸福の鍵」があるならば、利他の心を持てる人には手に入るようです。

残留農薬メタミドホスやカビ毒アフラトキシンに汚染された事故米を食用に不正転売した「三笠フーズ」。多くの人々を危険に晒し、目先の利益だけを考え、利己に陥って大金を得たところで、真からの満足感や幸福感は得られないはず。

人は誰でも幸せになりたい。でも幸せ感は、自分の心の水準にあるようですね。私も幸せになりたい。お客様に感謝。健康のお手伝いができることに感謝。仲間に感謝。家族に感謝。感謝の心を持てて幸せです。

来月、又お目にかかります。お元気で。

(参考文献…致知)
中谷 幸子