【 vol.28 】ちゃんと生きる作法


あっという間に師走です。
お元気でいらっしゃいますか。
いつもご愛顧いただきましてありがとうございます。

20081201_2今月は、大平光代さん(43)のお話です。

——中学2年のとき、いじめを苦に割腹自殺を図り、16歳で暴力団組長の妻となり、背中に刺青を入れるまでに。しかし後に養父となる大平浩三郎氏との出会いをきっかけに猛勉強し、司法試験に一度で合格、弁護士になる。大阪市助役を2年間務め、現在弁護士として活躍中です。

大平さんは 「おばあちゃん子」。仏さんにご飯をお供えしたり、お饅頭・果物も先ず仏さんにお供えすることを習いました。その後 「お下がりをちょうだいします」 と言って仏壇から下げてやっと口に入る。この経験から 「待つ」 ことや 「がまんする」 ことを覚えた。

月に一度は墓掃除をし、花を供え、線香をたいて手を合わせる。祖母から「ちゃんと健康に育ちますように、とお願いするんやで」と言われた通りに心の中でお願いする。

祖母からは 「みっちゃん、だーれも見てへんかってもお天道さん(太陽)は見てはる。ウソをついてもアカンし、悪いことしてもアカン」 と聞かされ続けていた。そのため 「お天道さんも仏さんもいつも私を見てはる」 と「目に見えない存在」 を認識した。

非行に走ったのは、いじめられて割腹自殺未遂をした後も 「死に損ない!」 と、いじめはさらにエスカレート。「苦しいのに誰も助けてくれない」 と、転校を認めてくれない親や、大人全体に対しての憎しみ。そんな地獄から脱したくて暴走族に入った。

一時は極道の世界に身を置いたが心のどこかに後めたさがあった。少しずつ 「立ち直ろう」 という気持が出てきた。離婚して、大平浩三郎さんと再会後本格的に立ち直りの道を歩むことになった。

祖母が幼い私の体に染み込ませてくれた 「ちゃんと生きる作法」 が私の中に立ち上がってきた。以後また 「目に見えない存在」 を意識することができるようになっていった。

後に弁護士となって非行少年たちと接するようになるが、立ち直らせようとしても 「ちゃんとやる」 ということが全く分からない。「人が嫌がること、人をいじめること、人の物を盗むこと、人を傷つけることをしてはいけない」 と、一から教えないといけない。ああ、幼い頃から 「ちゃんと生きる」 とはどういうことかと教えておかなくては、と つくづく思った。

親がわが子にしてはいけないことは、誰かのせいにして叱ること。電車内ではしゃぎまわるわが子に 「隣りのおじさんがうるさいって にらんでいるからやめなさい。」子どもは、うるさいおじさんがいなければやってもいい、バレなければ何をやってもいいのだと理解する。

世の中に 「目に見えない存在」 があること 「ちゃんと生きること」 を教えられていたら、顧客をだます「食品偽装」などできないはず。大平さんは、わが子には 「仏さんがいつも見てますよ」 と教えるそうです。

皆様に支えていただいて、この一年無事に過ごすことができました。来年もよろしくお願い申し上げます。皆様のご健康ご多幸を心からお祈り申し上げます。来年、またお目にかかります。

中谷 幸子
(参考文献…婦人公論)